家庭教師で夏期講習をしたことで、少しだけ稼ぐビジョンが見えたような気がした。弟は株復帰をしたものの、相変わらず負け続きだった。いつか一発当てるんじゃないか。
そんな気はしていたが、何もなく給料を溶かす日々が続いていたようだ。
前回のお話はこちらです。
第10話 弟の株復帰
デイトレーダーとして限界を感じていた俺。このままだと生活は出来ても余裕なんてとても出来やしない。心の余裕だってどんどんなくなってしまっている。 永遠に共働きじゃないと暮らせないような稼ぎが確定している ...
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起業への熱意
夏期講習を3人同時に行ったことで、効率的に金を稼ぐことが出来た。
単なる金稼ぎという考え方をしても効率的だったわけだが、それ以上に感じたことがあった。
楽しかった。
そう、楽しかったのだ。
俺は中学3年生の頃から、塾で後輩に教えるのが好きだった。
塾の先生もそんな俺の姿を見ていたからこそ大学生になった時、アルバイトをするよう誘ってくれたのだろう。最初は緊張したものの、授業をすることは本当に楽しかった。
生徒の点数、成績が伸びることが嬉しかった。
しかしその頃の俺は所詮18歳の遊び盛り。
他に楽しいことを見つけては塾を面倒に感じることも多かった。
生徒には慕ってもらえていたと思うし、塾長先生にも良くしてもらっていた。
ただただそれに応えられる器を俺が持ち合わせていなかったのだ。
ただそれでも途中で心を入れ替え、受験生を受け持ち、皆を志望校合格まで導くことが出来たので、役に立てた部分もあったのかなと思う。
1対1の家庭教師では思い出せなかったこの感覚。
皆の前に出てホワイトボードに字を書き、説明する。
時々生徒を当てて答えてもらう。
授業の合間に面白い話をしたりして和やかな空気を作る。
などなど、懐かしいことばかりだった。
そして思った。
学習塾を経営しよう、と。
恩師の塾で雇ってもらうことは難しい。それでも塾で教えたい。
ならばもう自分でやるしかないだろう。
そう思ったわけだ。
夏期講習が終わった後も、3人同時に授業をすること、それぞれの保護者より快諾いただいた。
もちろん格安にした。金稼ぎがメインではなかった。
とにかく塾形式の授業を楽しみ、経験を積みたいと思った。
それと同時に生徒側も授業料が安くなるため、受験に向けて受ける授業のコマ数を気軽に増やすことが出来た。サービス残業として無料で時間を延ばしたりもした。
とにかく楽しかった。何度でも言うが、楽しかった。
人間の心にはバランスがある。
それだけ授業が楽しいということは、当然株への熱意が薄れていく。
デイトレも続けていた。ただ朝の30分のみのトレードにするなど、やる気はなかった。
しかし不思議なものだ。
デイトレの世界ではやる気があれば勝てるというわけではない。そしてもちろん、やる気がないことで悪い方向に出るとは限らない。
やる気がないからこそ、無理やり勝とうとすることもなく、自然に少しずつ勝てていた。
塾形式で家庭教師を続けながら、学習塾起業の道を探り、調べる。
デイトレは朝の30分に徹し、少しずつのお金を得る。
彼女は変わらずフルタイムの正社員で働いていた。
俺らの生活は相変わらず安定していた。この時彼女がどう思っていたかはわからない。ただ俺の心は決して安定なんてしていなかった。見せかけだけの安定生活だと思っていたからだ。
俺の収入、生活が劇的に向上することはない。
つまり彼女の収入にも頼っている状況はそう簡単に変わらない。
彼女の仕事に何かあれば起業も遠のき、すぐに就職しなければならなくなる。
全てが薄氷の上という気分だったのだ。
とてもじゃないが安心など出来ない。
早く自分を安心させるためにも、そして何より彼女を安心させるためにも、安心して結婚出来るように。
そのために起業に向けて突っ走った。
世の中は不思議なことが多い。
言葉や理屈だけで説明出来ることばかりではない。
俺は頑張った。久しぶりに頑張るということをした。学習塾の起業に向けて、調べに調べた。家庭教師で家を使わせてもらっていた友達にも手伝ってもらい、毎日調べた。
そして2010年も終わりに差し掛かった頃、やっと起業の目途が立った。
家庭教師は受験に向けて冬期講習で追い込みに入っていた。
株はというと、この2010年12月は58万円も勝つことが出来て、過去最高の月収となった。
もちろん朝の30分程度の取引きをしていただけだ。
色んなことがうまく回っているような気がした。
起業に向けて頑張っている。そのことで様々な部分が呼応していくれているのだと思った。
世の中はつながっている。
何かを頑張れば、副産物として他の何かもついてくるのではないかと思った。
起業を前にして株の成績も過去最高となったのだ。
彼女の仕事も順調で、ボーナスも少しずつ増えていた。
俺らの未来は明るい。きっと来年は安心して結婚が出来る。
この時はそう確信していた。
しかし年明け早々、その甘い浮かれた心はぶち壊されることになる。
世の中甘くないんだと再認識させられることになるのだ。
弟の株における才能もまた眠り続けているようだった。仕事では才能を発揮し続けているものの、せっかく得た給料を株で溶かす日々はまだ続いていた。
結婚に向けた勝負の起業。結果はすぐにわかることになる。