終わりはいつだって突然やってくる。足音も立てずに近寄って来て、気付いた時にはもう遅い。桜の花は散り際が一番美しいと言われる。実は株の世界でも似た言葉がある。
セリングクライマックスと対になる言葉で、バイイングクライマックスという言葉だ。
上昇が終わる直前ほど一気に買われ、大きな上昇をするというものだ。
弟の資産推移もこれに近いものがあった。
前回のお話はこちらです。
第19話 億トレーダー誕生
俺が苦しんでいる中、弟は億に限りなく近付く大勝ちを果たしていた。そして翌日は億トレーダー、億り人と呼ばれる仲間入りをするチャレンジが待っていた。 俺は兄でありながら、同じ土俵に立つことさえ出来ない。 ...
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終わりの始まり
考えてみれば本当に漫画のような話だ。
半年前は40万円しか持っていなかった男が、半年で1億円も手にしたのだ。
背中さえも見えない位置まで上り詰めた弟のことを気にすることがなくなった俺は20万勝った翌日も危なげなく勝つことが出来た。相場としてはかなり危ない相場だったはずだ。
億り人となった弟はどうだろうか。
かなり危ない相場になっても冷静に潜り抜けている様を見てきていた。
その姿は以前の弟は比べものにならないくらい頼もしく映った。
今日もまたかなり勝ったのかな、と思い聞いてみる。
D「いやーさすがに今日は負けた」
俺「けっこう負けたの?」
D「うん、けっこう負けた(笑)」
けっこう負けたとは言うものの、その喋り方には余裕があった。すでに億を稼いでいたから少しくらい負けても大丈夫という余裕なのだろうか。
それともポジティブで道を切り開いてきただけにポジティブ姿勢を保つための余裕なのだろうか。
いずれにしても「けっこう負けた」と言っている弟にこれ以上根掘り葉掘り聞くのは野暮ってもんだ。弟がブログを更新するのを待つことにした。そこで全てが明らかになるのだから。
『5月15日 -4464万』
なに・・・これ・・・。
とんでもないタイトルが目に飛び込んできた。中身を読むとロットを上げ過ぎたブッコミによる大負けのようだったが、本人はかなりあっけらかんとしている。
4464万だよ。4500万だよ!家買えるよ!けっこういい家買えるよ!
そんな金額負けておいてなぜあっけらかんと出来るんだ弟よ。
この精神力があるから億を達成出来たのだろうか。それともただの空元気なのか。
仮のことを考えても仕方ないけれど、俺に同じことが起こった場合、こんな明るく振る舞うのは無理だ。絶対に何も食べられないくらい落ち込むだろう。
まぁそんな金額を損する権利も持てない立場だから想像しようもないわけだが。
本当に終わりは突然やってくる。
足跡さえ聞こえない。
弟の成績はずっと順調だった。
突然こんな日が来るなんて俺は思っていなかった。
弟自身はいつかこうなるとは思っていたと言う。やはり冷静なのだ。
弟は何も変わっていない。俺とも妻とも仲良くしている。
でもやっぱりこの精神力や考え方は一般人ではなくなっているように思えた。だって4500万・・・しつこいようだけど4500万円ってなに?どんな金額?
1日だよ1日。それも6時間くらい。たった6時間で4500万円なくなるってどんな感じなの?
6時間で4500万円失っても平気でいられるような精神力がないと億を稼ぐというのは無理なんだろうか。仮にそうだとすれば俺には一生無理だ。
確かに4500万円失っても5500万円残っている。
こっちに目を向けられる人は気を確かに保っていられるのだろう。俺の場合はどうしても失った金額に目がいってしまう。だから今までも大負けをするたびに落ち込んできたんだ。
億を稼いだ弟、億り人となった弟がうらやましかった。
でもこのポジティブ精神は真似したいと思えなかった。
終わりは突然やってきて、全てを奪っていくものだ。
どこかで強制的にストップさせてあげないと破産までいく。そのことを俺たちは知っていた。
俺も550万円の貯金がほぼすっからかんになるまで負けた。
弟ももらう給料全てが株に消えていった。
中途半端に残ることなんてなく、絶望するところまで負け続けるのだ。
これが下り坂の習性だ。ブレーキなんて利かない。そもそも弟はブレーキなど持ち合わせていないだろう。俺がなんとかしなければいけない。そう思った。
「今日の負けをきっかけに出金してハイリスク投資はやめなよ。そうすれば十分裕福に暮らせるし、安定したコツコツトレードをしていけばいいんじゃない?」
この言葉が言いたかった。とても言いたかった。
兄として100%弟を思いやった言葉なんだ。
でも言えない・・・。
俺よりはるかに格上のトレーダーとなった弟にこんな説教じみたことを俺が言える立場ではない。
坂道理論に軽く触れるくらいしか言えなかった。
後は弟が自分自身で気付いて止まってくれることを願った。
億という資産を掴み、億り人と呼ばれるカリスマトレーダーとなった弟だったが、たった1日で半分近くを吐き出してしまった。この『1日天下』の呪縛は今後も付きまとうことになる。
多くの人がアベノミクスと呼ばれるバブル相場によって財を築いた。
そしてそのバブルの終わりで多くの人が財産を奪われ、失意の退場をした。
この先俺ら3人のトレード人生はどうなっていくのだろうか。