順調に資産を増やし、トータルで負けていた550万円も半分以上取り返すことが出来ていた。しかし一気に取り返そうと思ってはまた大負けをしてしまう恐れがある。
このままゆっくり取り返していこうと思った。
そんな矢先、弟が突然会社を辞めて専業トレーダーになると言ってきたのだ。
前回の話はこちらです。
第4話 食事が喉を通らないほどの大負け
現物取引のみで勝ってきた俺が信用取引を使えばもっともっと勝てるようになると信じて疑わなかった。空売りも出来るようになればチャンスは2倍になるとばかり思っていた。 そんな甘い考えに天誅とも思える一撃が・ ...
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年収1000万の仕事を捨ててデイトレーダーに
D「俺会社辞めて専業トレーダーになるわ」
まさに青天の霹靂だった。弟は常々言っていた。
株は負け続けているけれど、デイトレでパソコンの前に張り付くことさえ出来れば絶対に勝てると。そんな甘い話があるかと思うところもあったが、弟の中では絶対的な部分なのだ。
また、散々負け続けた俺がデイトレに絞って成功を掴みつつあることで、『やっぱりデイトレなら勝てるんだ』と思わせてしまったところもあるかも知れない。
俺「え?やめなよ!もったいない。今いくらあるの?」
D「うん、やめるよ。会社を(笑)100万くらいかな?でも4月と6月にボーナスが出るから300万くらい持って専業デイトレーダーになれると思う」
俺『そんなにボーナス出るのかよ・・・』「もったいないなぁマジで」
D「大丈夫、デイトレなら絶対勝てるから」
根拠のない自信だと思うものの、この力強さで本当にそうなるんじゃないかと思わせられる。
俺「でもそんなに甘いもんじゃないぞ」
D「まぁやってみなきゃわかんないけどね。それにそれだけじゃなくて俺もう会社が嫌なんだ。単純にデイトレやりたいから辞めるってわけじゃないから」
俺「そうか、なら全力でやってみるといいね!」
思えば俺の友達にも会社に入って数日で辞めたのがいたなぁ。
彼はその後、勉強し直して公務員になり、今でも交流がある。
当時は彼のことも『もったいない』と思ったものだが、嫌だと思ったものを辞める選択、辞める勇気を持つことというのはすごいことなんだと思った。
株でも損切りを先延ばしにして大損することがある。
それと同じように嫌だ嫌だと思いながら何かを続けることは体調面、精神面ともに良くないことなんだろう。それに俺は最初から就職さえしていない。
『もったいない』だなんて言える立場じゃないんだよな。
しかし弟は俺と違って本当に真面目だったんだ。もらったお金はコツコツ貯めていたしギャンブルだってやらなかった。それなのに俺と同じトレーダーになるのか。
確かに大学卒業前に教えたスロットはすぐに要領を理解し、あっさりと勝ち組になっていた。
兄の俺から見ても怖いほど才能を発揮する場面があることは確かなのだ。
でもだからと言って株ではこれまでずっと負けてきたのを見ている。知っている。
トータルで600万円以上も負けているそうだ。
果たしてそんな負け続きの男が300万円を元手に成功なんて出来るのだろうか。
仮に勝てるようになるとしてもいきなり勝てるわけではないだろう。
勝てるようになる前に生活費がショートしてしまう危険だってある。いや、危険があるどころかそうなることっていたって普通のはず。
会社の給料を担保に一発逆転狙いの株を買って、大当たりしてから退職するのが最も現実的だとは思うんだけど・・・でも嫌だと思うものを続けることは苦痛だもんな。
弟の就職を喜んでいた親も、弟の決意が固いと見るや、もう何も言わないから思う通りやればいいとのことだった。
この時、俺は2つの気持ちを抱いていた。
1つはやはり兄として弟を心配する気持ちだ。繰り返しになるが、これまで弟は株でずっと負けてきたのだ。全く勝てていない。だから今後も負け続けると考えるのが普通だ。
しかも貯金は300万しかない。3年前の俺がそうだったように、貯金を食い潰していく姿が見える。そうなってから元の職場に復帰なんて出来るはずもないだろう。
弟は会社の営業成績で部内1位を取ったこともあるほど優秀だったらしい。
高校は俺と同じレベルのところだったが、500人以上いる学年で成績1位を取ったこともある。
そんな優秀な弟がどうなってしまうのか怖かった。
もう1つの気持ちはそれに相反するものだ。
このように弟は優秀なのだ。俺はズル賢さに関しては自信を持っていたが、弟はどんなことでも正面から突破出来るほどに優秀だったのだ。
そんな弟が全てを捨ててデイトレーダーとして全力を出す。本気でトレードするのだ。
もしかしたらカリスマトレーダーと呼ばれる人たちのように億を掴むほど稼いでしまうのではないか。俺が1年間かけてやっと勝てるようになり、それから2年間必死に頑張って稼いだ。
そんな努力を一瞬で抜き去っていくほどの才能を見せ付けられるかも知れない。
そう思うと怖さを感じた。
俺の数年に渡る努力を一瞬で抜いていかれたら自分の器の小ささを思い知ることになると思ったからだ。
どうか弟が「それなりに」勝って生活出来ますように。そして俺をはるかに凌駕するような大勝ち、大成功まであっさりいくようなことがありませんように。
兄としては失格だが、そんなことを願っていた。